第8回:都倉 俊一さん

 

Finaleがスコア修正とパート譜作成の仕事を変えた

都倉 俊一さん
都倉俊一(とくら・しゅんいち)プロフィール

作曲家・編曲家・プロデューサー

四歳よりバイオリンを始め、小学校、高等学校を過ごしたドイツに於いて基本的な音楽教育を受ける。のち、学習院大学在学中に作曲家としてデビュー。その後、アメリカ・イギリスで作曲法、指揮法、映像音楽を学び、海外各国で音楽活動を行う。

70年代から作曲活動を始め「日本レコード大賞 作曲賞」「日本歌謡大賞」「東京音楽祭最優秀作曲賞」「日本セールス大賞 作曲賞、編曲賞」「日本レコード大賞」など、日本の主要な音楽賞のほとんどを受賞する。世に出したヒット曲数は1,100曲を超え、レコード売上枚数は6千万枚を超える。その他多くの映画音楽、テレビ音楽を手掛ける。(作品集は【楽曲一覧Works】を参照。)

80年代からはレコード制作のほかに、映画音楽、舞台音楽も手掛けるようになり、活動の場も海外にシフトしてゆく。

都倉俊一 公式ウェブサイト


手書きに比べ、パート譜づくりの負担が激減した
初めてFinaleを導入したのはいつ頃でしたか?

Finaleがリリースされた、1988年当初からです。ちょうど僕がロンドンでミュージカルの仕事をしていた時でした。それまではみんな手書きでリハーサルの譜面を作っていましたが、ある時アレンジャーが「こんな物が出てきましたよ」と紹介してくれたことがきっかけです。

Finaleを導入したことで、何か変化はありましたか?

パート譜が簡単に作れるようになったことが本当に嬉しかったですね。写譜屋さんが必要なくなり、コスト的にも非常に助かりました。

オーケストラもですが、特にミュージカルのリハーサル・スコアは練習の度にどんどん変わるんです。演出家の「こうしたい」の一声があると、すぐにスコアを書き換えなくてはいけない。するとパート譜の修正もたくさん必要になりますよね。その作業が、Finaleのおかげでとっても楽になったことが印象的でした。

手書きの時代はどんな苦労がありましたか?

僕はそれまで、全部手書きで仕事をしてきた世代。一時は、10〜20人くらいの写譜屋さんがバーっと並んで待機していました。まるで工場みたいですよね。Finaleが現れてから10年ほどで、その状況はまったく様変わりしました。

ピンク・レディーの時代は、まだFinaleが登場する前でした。忙しい時は、朝3時まで曲を書いていて、翌朝9時から録音なんて時もあるんです。隣の部屋でスタンバイしている写譜屋さんが、僕のスコアを受け取ってから徹夜でパート譜化して、朝8時にスタジオに届ける……なんてことも、ずいぶん長い間やっていました。

今は、パート譜は基本的に全て自分で作っています。Finaleのページフォーマットを整える作業は今でも写譜屋さんにお願いすることもありますが、それもただ送信するだけですから。

「手書き」ではなく「印刷された譜面」のメリットはありましたか?
都倉氏直筆のスコア。非常に読みやすく、アーティキュレーションも細かに書き込まれていました。
都倉氏直筆のスコア。非常に読みやすく、アーティキュレーションも細かに書き込まれていました。

それはもちろん。僕の手書き譜はまだ綺麗なほうですが、まるで読めない譜面を書くアレンジャーや作曲家もたくさんいるんです。

それに、鉛筆で書くと薄くて読めないからペンで書くでしょう。すると、修正したい時に塗りつぶしたり脚注を入れるしかないんです。

その人の専属の写譜屋さんしか判別できないようなスコアが一杯ありましたよ。昔のモーツァルトやベートーヴェンの楽譜だって、決して綺麗じゃないでしょう。

 

スムーズな音源化、過去作品の保存もポイント
他にFinaleの便利なところはありますか?

やっぱり、プレイバック機能で曲を再生できることがありがたいですね。曲のピッチを瞬時に変えられるのも実用的です。

Finaleに詳しいテレビ局のエンジニアが居たんです。日本レコード大賞の曲を書いていた時、彼にファイルを送ったら、30分もしないうちに「こんな音で良いですか?」って音源を送ってきてくれました。

「どうしてそんなに速く音源が作れたの?」と尋ねたら、「オーディオファイルとして書き出せば良いんですよ」って。「これは便利だ!」と思いました。Finaleの長い歴史の中で、このような便利な機能の追加といった進化があることも嬉しいですね。

膨大な作品の数だと思いますが、昔のスコアが必要になることもありますよね。
代替の文章
都倉氏の作業場。デュアル・ディスプレイを駆使しスコアを制作。

同じ曲の中でも、微々たるバージョン違いのファイルも全部取っておけるのは、電子楽譜のメリットですよね。

コンピュータを変える前のファイルも、全てバックアップしています。全て整理しようと思うと半年はかかりそう。気が遠くなっちゃって(笑)

Finaleのバージョンアップを重ねても、古いスコアを意外と開けてしまうのも凄いです。

 

作曲は手書きで、アレンジはFinaleで
作曲はどのような流れで行いますか?

最初のアイデアはピアノの前で手書きがほとんどです。ある程度スケッチが終わったら、Finaleに移動。楽器やパートを追加したりといった書き足し(アレンジ)を行う、という流れが多いです。

DAWとの使い分けは?

僕は、FinaleとAppleのDAW「Logic」を使い分けています。楽器の音は、作曲の段階ではFinale内蔵の音源「Garritan」をそのまま使って、ヴォーカルだけはDAWで被せています。ハモりを入れたり、時には自分で歌ったり……。Finaleのオーディオ機能がさらに強化されれば、もしかすると僕の作業はFinaleだけで完結してしまうのかもしれません。

DAWへのエクスポートはどのように行っていますか?

FinaleファイルをスタンダードMIDIファイルで書き出して、DAWにインポートしています。そして楽器をDAWの内蔵音源に差し替えて、ヴォーカルを入れる。参考となるデモ音源を僕が作って、最終的にはファイルを外注に渡して音源化してもらうという流れが多いです。

「作編曲」が僕の仕事ですから、スタジオ・ワークは全て他の人に任せています。ハードウェア音源もたくさん持っていますが、最近はほとんどオブジェと化してしまいました。

都倉先生の曲には、面白いサウンドが多いですよね。
廊下や応接間には、数えきれないほどの盾やトロフィーが並んでいました。
廊下や応接間には、数えきれないほどの盾やトロフィーが並んでいました。

70〜80年代前半でしょうか。ロサンゼルスで映画やドラマの仕事をしていた時がちょうどシンセサイザー全盛期で、スタジオに行くとシンセや音源だらけでした。

新しいハードシンセが出る度に、みんなでスタジオに持ち寄って試聴会をするんです。ちょっとした音色の違いや特徴が面白くてね。ピンク・レディー「UFO」の冒頭の「ピュピュピュ…」というサウンドも、スタジオで遊んでいて出来た音をそのまま使ったんですよ。

 

生音・ライブへのこだわり
生演奏と音源の共存についても難しい話題ですね。

ブロードウェイやロンドンのミュージカルにおいては、生演奏が基本です。音源は多くてシンセサイザー2台ほどで、あまり使いません。そういった現場に居ると「やっぱり生演奏だな」と感じます。だからこそ僕は「ライブ・エンターテインメント」を重要視している。若手や子ども達には、是非ライブ感を味わってほしいですね。

どれだけ良い音源でも、どれだけ上手く歌を修正していても、やはり生には生の良さがあります。ちょっとしたズレや機微といった人間らしさが、そこにはあるんです。情緒に訴える音楽は、時代を超えて語り継がれて行きますから。

テクノロジーの発達は、現在の音楽にどう寄与しているでしょうか。
テクノロジーの発達と音楽制作について語る

例えば冒頭でお話したパート譜の自動作成。これは効率化という点で本当に寄与していると思います。

ただ、デジタル時代・インターネット時代の音楽産業は本当に昔と変わりました。なけなしのお小遣いを必死に貯めて買ったレコードを大事に大事に聴く…という昔の時代に対して、今の時代はインターネットで音源を拾って、飽きたらすぐデリートして他の曲を聴ける環境です。

しかし、音楽の生産数は減っていません。例えCDの売り上げが25%になっても、JASRACの音楽使用料はここ十数年ずっと右肩上がりです。また、ライブ産業は今でも右肩上がりを続けています。

つまり、音楽の聴き方は変わっても、日本人が音楽が嫌いになったわけではないのです。だからこそ、僕たちの「良いものを作って、良いものを聴いてもらう」という行為が、このデジタル時代にどう変化して行くのか。その未来は、僕には想像もつかないような物かもしれません。

 

音楽教育現場の現在
技術の発達に伴って、スコアの書き方も変わりますか?

僕たちは若い頃から、「頭の中で音を鳴らす」という訓練を行ってきました。スコアを縦に鳴らす練習もたくさんしましたが、それが今やスペースキーを押すだけで聞こえてきます。

これは、ワープロの多用で漢字を忘れるのと似ていますよね。今まさに勉強中の学生さんなどは特に、便利なツールを駆使しながらも、本来必要なスキルはしっかりと磨くことを意識したほうが良いかと思います。

音楽教育において大切なことは何でしょうか。

大学の教育は、「どうやったら食べて行けるか」を考えることに尽きるでしょう。5〜6年掛けてオペラを書いて、一度も演奏されずに終わってしまう作曲家も山ほどいます。それでも、結婚して子どもを産んでなお「作曲家」として食べて行かなくてはいけない。そのためのスキルを身につける必要があると思います。

最近は、ゲームやアニメの制作会社への就職を目指す生徒も多いですね。そのためにはやはりコンピュータのスキルが必須です。これからの音楽大学は、クラシックに偏重しない教育をしていく必要もあると思います。

都倉先生は昭和音楽大学で教鞭を執られていますよね。

ここ数年は忙しくて休んでいますが、「みんなで1年かけてミュージカル/オペラを作ろう」という、作曲学科の少人数での授業を行っています。授業というより、プロジェクトに近いですよね(笑) レッスンの度に、学生たちはFinaleで作成したスコアを持って来てくれています。

僕が与えたミュージカルのテーマに対して、生徒は作曲からキャスティング、ステージングや様々な管理までを自分たちで担います。最終的には他の学科も巻き込んで、学年末に発表会を行います。

社会に出てから役立つ事柄のスキルアップができますね。
音大生は便利なツールを駆使しながらも、本来必要なスキルはしっかりと磨くべき

その通りです。まず、作曲や表現のスキル。行ったことの無い国、吸ったことのない空気ーーーそういったものを音で表現する練習ですね。テーマに沿った情景の表現を考え、資料を探し、1年かけて情緒的な工夫を重ねることで、表現の幅が大きく広がります。

配役やマネジメントなどの経験はもちろん、FinaleやDAWを使ったデモ音源作りなど、実用的なスキルを総合的に磨くことができます。

また、何より共同作業であることが大きいですね。だからこそ学生は全員Finaleを駆使しています。データのシェアは、手書きの楽譜では出来ないですから。

 

遊び心満載の手書きスコア
最後に、先生の手書きのスコアを見せて頂けますか。

もちろんです。

(・・・ということで、都倉氏の作業部屋に移動。ピンク・レディー《渚のシンドバッド》《ジパング》、郷ひろみ《ハリウッド・スキャンダル》、フィンガー5《101人ガールフレンド》など、数々の著名アーティストのスコアを拝見。それぞれの表紙は都倉氏によって自由に装飾されており、手書き譜ならではの遊び心に溢れるスコアでした。)

まるで宝の山を見ているようです。
ピンク・レディー《サウスポー》《カメレオン・アーミー》《透明人間》のスコア。
ピンク・レディー《サウスポー》《カメレオン・アーミー》《透明人間》のスコア。

そう? でも、写譜屋さんがこれを判読したりする手間を考えたら……。ずっと手書きにこだわっていた古い人たちも、今はみんな楽譜ソフトを使っています。僕も、もう絶対に手書きではやりたくないですね(笑)

ありがとうございました。
都倉氏と愛犬のゴールデン・レトリバー「プリンセス」ちゃん
都倉氏と愛犬のゴールデン・レトリバー「プリンセス」ちゃん

ページTOPへ


 

関連記事リンク集

 

《プロのFinale活用事例:アーティスト別》

  • 都倉 俊一氏:作曲家/編曲家/プロデューサー “現場ではすぐにスコアを書き換えなくてはいけないことがある。するとパート譜の修正もたくさん必要になりますよね。その作業が、Finaleのおかげでとっても楽になったことが印象的でした”
  • 外山和彦氏:作編曲家 “手書き時代はスコアを切り貼りしたり苦労をしたものですが、Finaleを使うことで圧倒的に便利になりましたね。仕事場にはもう五線紙がありませんよ”
  • 吉松 隆氏:作曲家 “我々プロの作曲家にとっては、こと細かい調整ができるという面で、やっぱりFinaleなんですよね。Finaleは、車に例えるとマニュアル車みたいなものなんです”
  • 佐久間 あすか氏:ピアニスト/作曲家/音楽教育家 “Finaleは楽譜のルールを学習するためのツールにもなっているんだなと思います。楽譜が分かるようになれば、読む時の意識も変わります”
  • 栗山 和樹氏:作編曲家/国立音楽大学教授 “Finaleを使えば「バージョン2」を簡単に作れることは大きなメリットですね。特に作曲面でトライ&エラーを繰り返すような実験授業では、Finaleでデータ化されている素材は必須です”
  • 櫻井 哲夫氏:ベーシスト/作曲家/プロデューサー/音楽教育家 “Finaleの普及で、演奏現場では以前は当然だった殴り書きのような譜面はほとんど見られなくなり、「これ何の音?」などと余計な時間も取られず、譜面に対するストレスがかなり減りました”
  • 紗理氏:ジャズ・シンガー “ヴォーカルだと特に、同じ曲でもその日の気分やライブの演出によって、キーを変えたい時がよくあるんです。そんな時でもクリックひとつで移調できるわけですから、これはものすごく便利です”
  • 赤塚 謙一氏:ジャズ・トランペット奏者、作編曲家 “作る人によってレイアウト、線の太さ、フォントの選び方など好みがあり、手書きのように作った人の「らしさ」が表れます。この辺がFinaleに残されたアナログな良さかも知れません”
  • 本田 雅人氏:プロデューサー/作曲家/サックス奏者 “手書きでは本当に大変でしたけど、Finaleに慣れてきてからは随分と楽になって作業の効率は圧倒的に良くなりましたね。ビッグバンドとか吹奏楽とか、編成の大きな場合にはすごく助かります”

《プロのFinale活用事例:テーマ別》

《楽譜作成ソフトウェアの導入メリットを考える》

《Finaleの基本操作を学べるリソース》

  • 譜例で操作方法を検索:Finaleオンライン・ユーザーマニュアルより。Finaleで可能なこと、それを行うための操作法が一目で分かり、初心者の方には特にお勧めです。
  • クイック・レッスン・ムービー:Finaleの操作方法や便利な機能などを30〜60秒程度の短い映像でご紹介しています。

 

News letter from finale

ニュースレターを希望される方は、以下のフォームにメールアドレスを入力し登録ボタンを押してください。
バックナンバーはこちらからご覧いただけます。

※通信は日本ジオトラスト株式会社のSSLにより暗号化され保護されています。